「化粧する女」の“もののあはれ”を描いたのが清少納言なら、紫式部は「化粧の剥げた女」の“もののあはれ”を描いた。『紫式部日記』には、女主人である彰子が皇子を出産した感動のあまり、女房たちが顔を泣き腫らしているという場面が描かれているのだが、その時いつもはバッチリ化粧している小中将の君という優美な美人が、「涙でところどころ化粧が剥げて、あきれるほど別人のようだった」とか、やはり宰相の君という美人女房が涙で“顔がはり”したのは「実に珍しうございました」と評している。美人ですらそうなのだから「まして私の顔などはどんなだったろう」とフォローするものの、皇子誕生という感動の渦中にありながら、美人女房に対するいかにも意地悪な観察は、さすがに大作家というべきだろうか。化粧の剥げた美人を描く紫式部は、「どんな美人も皮一枚下は糞袋」とする当時の仏教思想に通じる思想をもっていたのかもしれない。が、彼女には、それにとどまらない作家ならではの、美醜の深淵に迫るまなざしがあった。
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