かんがえてみると、天孫族の後裔である貴族たちの寝殿づくりよりは、かえって居住性がよかったかもしれない。地面からもちあがった板ばりの建物は、夏はともかく、冬になると、さぞかし床下や戸のすきまからピューピューとつめたい風がふきこんできたことであろう。生産をはなれたがゆえに、もはやそこには暖をとる炉はない。わずかに手あぶり用の火桶、すなわち火鉢があるぐらいだ。格式と虚構にしばられ、天井画と障壁画の極楽世界にとりかこまれながら、現実のその身はかいまきの袖をひきよせつつ、寒さにうちふるえたことであろう。
(参考)
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夏は夏とて、冠や衣服をぬぐこともできない汗ずくの、より険悪な生活がそこにまっていた。格式をおもんずる貴族や武士であってみれば、裸一貫の庶民が、文字どおり裸になって夏をすごす、というようなわけにはいかないのである。そうおもうと、「家のつくりようは夏をむねとすべし」というのも、このように不自由な虚構の世界に身をおく、支配階級の住居哲学をさししめしたものとして、少しわりびきしてきかなければならないのかもしれない。