八一年代にニューヨークに渡り、九〇年代からコレクションを発表。スパンコールやビーズを使った龍の刺績などアジアンテイストとモダンスタイルの融合したファッションを展開)だったなら、叩かれることはなかったかもしれない。同じように、背中に「オールド・スクール・ニガーズ(昔気質な黒んぼ)」と殴り書きしたジャケットがアフリカ系アメリカ人デザイナーの手になるものだったなら、たとえば、カール・ラガーフェルドが同じことをした場合ほどの抗議は寄せられないだろう。〈ウォン兄弟〉のシャツが醸し出す雰囲気は、アバクロンビー&フィッチの持つ〈郊外に住む白人〉的なイメージにはそぐわないものだった。時々疑問に思うのだけれど、もしも、これを売っていたのがアーバン・アウトフィッターズみたいな小生意気なイメージの店だったなら、赤信号は出ていたのだろうか?そんなのはアンフェアだという意見もあるだろうが、それが今のポリティカル・コレクトネスってものなのだ。デザイナーたちは、もうずいぶん前から、民族のシンボルや文化的伝統、スタイルといったものを好んで拝借してきている。たとえば、ネール・ジャケット(元インド首相ネールのスタイルに由来するスタンド・カラージャケット)。普通、そうした拝借は〈インスピレーションを得た〉という言い方をされ、苦情もほとんど出ないものだが、だからといって、そうした慣習に危険が伴わないわけではない。一九九〇年代後半、ビンディという額に付ける点状の飾りや、ヘナを使ったタトゥーがアメリカでブームになった時には、ファッション界の利益のために自分たちの文化を盗まれてしまったと言って、大勢のインド人が激昂した。